香港問題で思うこと

 2ヶ月近くもブログ更新ができていなかった、というか、していなかったという方が真実だと思う。この間「桜を見る会」の私物化“疑惑”―いや疑惑をとっくに通り越している―や、香港での「逃亡犯引き渡し条例」に対する大規模なデモなど、書きたいこと、書かなければならないことがたくさんあったのに、この「ていたらく」である。言い訳を言わせてもらえば、「私が書かなくても、みんな書いている」ということだが、だから書かなくていいんだということにならないのは、わかっているつもりだ。こんな言い訳がまかり通るなら、200万人ともいわれる香港のデモが現実に行われたことの説明がつかなくなる。
 といっても、「桜を見る会」については、たくさんの人がいろんな方向から数多く意見を述べられているので、私としては一言だけ、「安倍さんとその取り巻き、こんな人たちが権力を持ち、政治を動かす日本でいいのか。いろんな手を使ってきても、惑わされたりだまされたりしないぞ」と。

 残りのスペースは香港と中国についての思いを書いてみたい。
 今も続けられている大規模な集会やデモをはじめとする抗議行動・民主化運動の発端は、犯罪容疑者の中国本土引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改定案の撤回を求める運動である。6月9日には103万人、6月16日には200万人の集会・デモ行進が行われたという。香港の人口は約737万人(2017年)なので、200万という人数のすごさがわかる。なぜこれだけ大勢が「逃亡犯条例」に反対したのかというと、これが通れば、中国政府に批判的な人が、何かいちゃもんをつけられ逮捕されたら、身柄を中国に引き渡されてしまうのではないかという懸念があるからだといわれている。
 香港の主権がイギリスから中国へ返還されたのは1997年だが、「一国二制度」で一定の自治は認められてきたといっても、いろいろな矛盾をはらんでいたようだ。2014年には「真の普通選挙」を要求する、若者を中心とした「雨傘運動」が起こった。警官隊が鎮圧に使った催涙ガスを防護するのに用いた雨傘が運動の象徴になった。要求の大部分は力で押さえ込まれてしまい、「失敗だった」という評価が多いようだが、私は多くの若者が声を上げ行動したことはすばらしいことで、必ず未来につながると思っていた。

 今年の大きな運動は様々な場面で雨傘運動の経験や教訓が活かせているのだろうと思う。それにしても中国政府をバックにした香港政府・警察の対応はけしからん。自由や民主主義、人権を真面目に考えるなら、こんな対応が認められないのは当然だ。韓国にはあれだけものをいい、時には無礼ともいえる態度をとっている日本政府が、香港の問題では静観を決め込んでいるかのような対応でいいのか。
 日本共産党は11月14日、「香港での弾圧の即時中止を求める」ちう志位委員長名での声明を出し、中国大使館を通じて中国政府にも伝えたという。どこの国・地域であろうと、人権や自由・民主主義を弾圧することは許されない。基本中の基本だと思う。

 中国では事実上中国共産党が権力の中枢を握り、自由や民主主義が相当に制限されているといわれる。侵略し侵略された歴史や対外関係など、いろんな条件・制約があったとしても、国民の幸福を真剣に考えているのならば、自由や民主主義を含む基本的人権の尊重・保障は絶対条件だと私は考える。基本的人権を保障すれば体制が崩壊するからできないなどと考えているとすれば、それは国民を信頼していないか、自らの方針・政策を納得してもらう自信がないということにならないだろうか。

 日本では一部に徴用工や慰安婦の問題で、歴史的事実を見ないで意図的や感情的に「嫌韓」をあおる人たちや報道がある。主張や認識の違いは理性的な話し合いで解決すべきで、韓国・朝鮮人全体が悪い・嫌いという感情論に流されてはだめだと思う。中国についても同様で、中国政府に間違いがあるなら、それはしっかり指摘をし、改善を求める。と同時に、日中や日韓の交流はより充実させる中で、お互いへの理解を深めていくことが、将来的には国際平和の促進につながっていくことだろうと思う。

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